全国初「スマート棚田農法」実証事業で、
日本が抱える社会課題に挑むスマート農業、地域活性化、中山間地の環境保全など
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株式会社ドコモビジネスソリューションズは全国のお客さまへ営業活動を行うNTTコミュニケーションズ株式会社のグループ会社です。
課題
管理に手間がかかる、環境保全型農業の
労働負荷削減をめざす
2011年、「トキと共生する佐渡の里山」として、GIAHS(世界農業遺産)に日本で初めて登録された佐渡島。17世紀から金銀山の発展により急増した人口の食糧を賄うために新田開発が行われ、海辺の高台や奥深い山間地に棚田が築かれた。島の各地に点在する棚田にエサとなる水生生物を求めて集まったトキが1952年に国の特別天然記念物に指定されると、島民を中心にトキの保護活動が始まる。戦後に行政も動き、1967年には新潟県によるトキの保護センターを開設。棚田とトキは島のシンボルとしても重要な役割を果たしてきた。
ところが農業の近代化に伴うエサ不足等で野生のトキは絶滅、保護センターの日本産トキの最後の一羽も2003年に死ぬ。さらには2004年に島を襲った台風を機に、佐渡米の消費が落ち込む打撃を受けた。この窮地を打開すべく佐渡市とJA佐渡は、トキの野生復帰事業を進める「環境保全型農業」に大きく舵を切った。これが2007年に立ち上げたトキのエサ場確保と生物多様性の米作りを目的とした「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度(以下トキ認証米)」である。
当時の担当職員を務めたのが、現佐渡市長である渡辺竜五氏だ。大手スーパーマーケットがこの取り組みに賛同するなど、今では全国各地の米取扱店でトキ認証米が店頭に並ぶ。トキの野生復帰も順調に進み、棚田のあちこちで空を舞うトキの姿を見かける。こうした地域の人々の尽力によりブランド米となった「トキ認証米」だが、他の地域と同様に生産者の高齢化や後継者不足に悩まされている。
「トキ認証米は現在、島内の主食用米5,000haの水田のうち約1,100haで生産していますが、中心メンバーはトキの保護活動から携わっているベテラン農家がほとんどで、若い人たちに興味を持ってもらえないのが現状です。環境保全型農業のトキ認証米は、通常栽培に比べ、生きもの調査や江の設置、水管理などのより多くの労力が求められるからです。生産者から「トキのお米作りは手間がかかる」という声もあがり、課題となっていました」(中村氏)
こうした状況のなかで、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下農研機構)が主催する「スマート農業実証プロジェクト(令和4~5年度)」の公募が行われ、NTT Comとドコモビジネスソリューションズの両社(以下、ドコモビジネス)を筆頭に生産者、農研機構、新潟大学、佐渡市など総勢40名以上のメンバーが参画。
ICTの活用による減農薬栽培のほか、無農薬・無化学肥料栽培の推進に向けたコスト低減、労力軽減、収益向上をめざす実証事業を行った。本実証事業を通して、佐渡市とドコモビジネスが同じ課題に連携して対応していくこととなったのである。
担当したドコモビジネスソリューションズ新潟支店の臼井満は、佐渡市の特産品「おけさ柿」の栽培を遠隔地から支援する「スマートグラスを活用した農業遠隔指導の実証事業」(2020年9月~2022年3月)にも参加し、農業の可能性に手応えを感じたという。「農業は知れば知るほど、一次産業の枠だけに収まりきらない、1つの大きな産業としての潜在能力を秘めています。この可能性を引き出すスマート農業の推進は、社会的使命だとも考えています」
自身も米作りを行う佐渡市農林水産部 農業政策課課長 中村長生氏はこう語る。「トキ認証米の中心メンバーは比較的年配者が多く、40代後半の自分も地域の生産者の中ではいちばん若手になります。ドコモビジネスのスマート農業という新たな技術で、若い後継者や新規就農者に魅力を感じてほしいと思います」
対策
「畦畔※1草刈り」「水田除草」「水管理」の
“棚田三大重労働”にICTを導入
今回の実証事業の舞台となったのは、16人の生産者が集まる農事組合法人 丸山営農組合の約46.7haの棚田。島の南東部の山間地に広がり、晴れた日は新潟市内まで見渡せる。ここで、国内初となる棚田スマート農法の実証事業の主担当を務めたのは、ドコモビジネスソリューションズ新潟支店の波多野竣介だ。トキ認証米の課題である労働負荷削減のため、3つのICTソリューションを導入した。
その1つがドローン空撮と測量。棚田でもっとも大変な作業が畦畔管理で、畦畔の雑草が伸びすぎると害虫が発生しやくなる。草刈り中のケガや転倒などの危険も伴う。そこで波多野は新潟大学の教授らとも、ドローンを用いて畦畔草刈りの効率化をはかる「棚田3Dモデル」を作成。カメラを搭載したドローンで圃場を空撮して、画像から棚田の傾斜角度と面積計算を行い、作業マップを策定するものだ。
「棚田の急斜面や地形に合わせて最適な草刈り機※2を選定するのは、熟練の生産者でも難しく、選ぶ基準も不明瞭になっていました。棚田3Dモデルで『畦畔草刈り作業マップ』を作成し、経験の少ない新規就農者でも棚田の傾斜に合わせた最適な草刈り機が選べる仕組みを考えました」(波多野)
2つ目に取り組んだのが、水田除草ロボットの開発。トキのエサとなる水生生物を保護し、減農薬・無農薬栽培を促進するには、水田内のこまめな除草が必要不可欠となる。画面認証のAIを搭載して、ロボットが走った場所を除草するシステムを構築した。
「薬剤を使わない無農薬栽培はドロドロの田んぼに人間が入って除草を行うので、かなりの重労働です。田んぼに入らず、雑草を減らすことができたら、とても楽になりますね」(中村氏)
3つ目は、ITセンサー×自動給水装置を組み合わせた遠隔水管理システム。水田では畦畔管理と並んだ水管理も重要になる。設定した時間に自動で給水する装置「田門®(たもん/三田精機)と水位情報が分かる「MIHARAS®(ミハラス/ニシム電子工業)を組み合わせ、圃場の見回りの省力化を図る。
「自分のような兼業農家の場合、早朝に1回目の見回りをして、仕事が終わったらまた見に行くのを5月の連休後から8月までの毎日朝晩と繰り返します。天候によって水位が変わりますし、時にはザリガニが畦畔に穴をあけて田んぼの水が抜かれることもあるなど、自然相手ですから何が起こるかわかりません」(中村氏)
これらの3つの実証事業には、地域や生産者の皆さんの協力と理解が欠かせなかった。農業の経験がなかった波多野は、多いときでは週に3回ほど佐渡島にわたり、丸山営農組合の代表理事、本間晴幸氏のもとでヒアリングを行い、棚田に入って試行錯誤を重ねた。
「実証事業の1年目は生産者の皆さんから、『この装置は本当に信頼できるのか?』『アプリが使えない』という声もたくさんいただきました。自分は農業の専門家でないけれど、ICTに関してはプロなので、分からないことがあれば何でも答えたいと、丁寧に対応しました。圃場にも入らせていただいて、機器の使い方を説明したり、生育状況などを確かめたりと、皆さんと一緒に実証を進めていきました。2年目からは『確かにこの機能は便利だね』『使いやすくなったね』という前向きな意見を聞くことができました」(波多野)
佐渡市役所内でも、“今回の実証事業ではドコモビジネスさんが圃場に一番入っていた”という現場からの声が届いていたという。
※1:畦畔は田と田の間を仕切り、水が外に漏れないようにつくった盛り土の部分。
※2:丸山営農組合では、ラジコン式の遠隔操作草刈機や、手動で操作する斜面専用の親子式傾斜地草刈機を保有。
効果
遠隔水管理システムで省力化を実現!
第32回地球環境大賞奨励賞も受賞
今回の3つの農業ICTソリューションの実証で大きな成果が現れたのが、「遠隔水管理システム」。給水作業や水の見回り作業の省力化を推進した。
「遠隔水管理システムの導入前と導入後の水管理にかけた時間を比較したところ、平均でも50%以上の削減が可能となりました」(波多野)
農業を兼業する中村氏もこう語る。「水管理には圃場への移動時間もあって、行って帰ってくるだけで30分以上、圃場が分散していたり、水管理が必要になれば、それ以上かかります。水管理が少しでも省力化ができると助かります」
ドローン空撮・測量の「棚田3Dモデル」では、丸山地区に適した畦畔草刈り機を選定できる「畦畔草刈り作業マップ」を作成した。協力して実証を行った丸山営農組合から車で30分ほどの川茂地区においては、丸山営農組合が所有する畦畔草刈り機をレンタルできるシェアリングを今後も行う予定だ。
課題が残ったのが、水田除草ロボットだった。棚田特有の土壌は軟らかく、ロボットがぬかるみにはまって動かなくなる事態が頻発した。「転倒防止のため、機体の重心の角度を変えるなど改良を重ねました。省力化だけでなく、トキの保護や減農薬・無農薬栽培のブランド米としての価値が深まるので、実用化に向けて頑張っています」(波多野)
さらには、全国にネットワークを持つドコモビジネスソリューションズの強みを生かし、トキ認証米のPRも行った。「丸山営農組合の皆さんから、『佐渡のお米をもっと多くの人に知ってもらいたい』というお話を聞き、自分でも何か恩返しをしたいと、広報部に掛け合ってプロジェクトの紹介をしました。
北は東北、南は九州まで問い合わせがあり、反響は大きかったです」(波多野)
本間氏はこう語る。「お米のPRもしてくれた波多野さんは何度も圃場に足を運んでくれました。熱心なあまり、田んぼのぬかるみにはまって転倒したこともありましたね。波多野さんたちと我々組合の仲間が一緒に田んぼに入ってお互いに協力しながらできたことが、今回の実証事業でいい結果を出せたことにつながったと思います」
今回の実証事業の生産者との窓口を務めた佐渡市農業政策課のスタッフからは、「現場の人たちから、ドコモビジネスの皆さんがとても丁寧に対応してくれたことを聞いています。信頼関係がなければ、農家の方たちも心を開くことができません。きめ細かなサポートは、さすがドコモビジネスさんだなと感心しました」と嬉しい評価をいただいた。
生産現場の課題解決からPRを見据えたビジネスモデルまで、地域協創に取り組めた実証事業は、2024年3月に幕を下ろした。こうした3つのICTを活用した全国初となるスマート棚田農法の実証事業の成果が認められ、フジサンケイグループ主催「第32回地球環境大賞」奨励賞を受賞。産業の発展と地球環境との共生をめざす団体を評価するもので、2024年春の授賞式では今回の実証事業で大健闘した波多野らが表彰を受けた。2020~2022年の「おけさ柿」の実証事業より、佐渡市とドコモビジネスソリューションズ新潟支店が共に取り組んできたスマート農業推進の努力が実を結んだともいえる。
展望
「佐渡モデル」として全国に展開し、
持続可能な農業を広めていく
今後は実証事業で取得した営農データを精査し、ICTセンサーを共同で利用するシステムの調査を行っていく。ICTセンサーといった高額な農業ICTソリューションを1つの地域ではなく、地域全体で共有することで初期導入費用を軽減し、スマート農業普及を推進するのが狙いだ。
さらには他の地域や作物にも活用したスマート農業を展開。すでに新潟県津南町からスマート農業を、水田除草ロボットに関しては新潟市で生産する薬用植物の除草に関する実証事業の依頼を受けている。新潟県以外でも、岡山支店を通じて同じく水田除草ロボットの問い合わせがあり、今回の知見やデータが「佐渡モデル」として全国に広がっていく。
「これまでの農業は人間の勘や経験に頼っていましたが、今は経験のない気象変動が起きている時代です。我々がその勘や経験をしっかりデータ化して、生産者の皆さんに納得していただける農業を作っていく必要があります」(臼井)
例えば、作業の省力化に成功した「遠隔水管理システム」では水温や地温などのデータから、一等米が収穫できる比率などを計測することができる。それに対して中村氏は、「無農薬栽培米の水管理は非常に重要で、深く水を張ることで水田内の雑草を抑えられます。しかし、人間が正確に水の量などを測ることは不可能です。ドコモビジネスさんの今後の技術に大きな期待が持てますね」と語る。
「慣れないデジタル機器を使うのは、最初は壁が高いと思いますが、徐々に慣れていけば、今後の農業はもっと作業が楽になります。そして、新しい担い手、後継者に引き継いでいくことで日本の農業界がもっと魅力的なものに変わっていくと思います」(波多野)
佐渡市では、棚田を米作り以外でも活用している。企業の新人研修の会場をはじめ、企業間の交流会や子供たちの教育の場、クラフトビールの原料となるホップの栽培と多彩だ。海辺の歌見集落の棚田では、漁業や大工など好きな仕事をしながら農業で自給自足を行う「半農半X」を行う若手が育つ地域であり、人が集まるコミュニティの場として棚田が果たす役割は大きい。丸山営農組合の本間氏もこう話す。「草刈り機のシェアリングの試作をした川茂地区の農業法人の皆さんとの交流が生まれたのも嬉しいメリットでした。お互いの圃場を訪ねて情報交換をしています」
佐渡好きな人を増やすファンビジネス、島内のコミュニティビジネスなども創出するスマート農業の展開は、臼井が前述したとおり、一次産業の枠にはまらない大きな可能性を秘めている。
「スマート農業の導入は、本当にスモールスタートで始まると思いますが、丁寧につないで大きな一歩にして、農業の課題解決に向けて地域の人々と一緒に取り組んでいきたいです」(波多野)
リンゴからミカンまで1,700種近い南北両系の植物が自生する地形、古来より国内各地から集まった人々が文化を築いた佐渡は、「日本の縮図」ともいわれている。今回佐渡市とドコモビジネスの協創で得られた知見は、これからの日本の農業を変える大きなステップとなるだろう。
佐渡市
- 組織概要:
- 自治体概要: 新潟港から高速船で約1時間、海岸線は約280km、面積は東京23区の約1.5倍の日本海側最大の島に約5万人が暮らす。対馬暖流の温暖な気候で、米やおけさ柿などの果樹、名産のイカやブリ、日本酒など、海山の豊かな幸に恵まれる。2024年7月、史跡・佐渡金銀山の世界文化遺産として登録される。
- URL:
- ・佐渡市:https://www.city.sado.niigata.jp
・佐渡棚田協議会:https://sadotanada.com